私が、愛したスパイ
2010-08-28


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シャワーを浴びていると、後ろからイーサンが抱きしめてきた。
私は、イーサンにされるがままになった。
お互いの体が、激しい雨に打たれる木々のように同化していく。

「ああ、イーサン。どうしたの?」
イーサンは、なにも応えないまま私の胸を愛撫し続ける。
そして、激しいキスのあと、イーサンは耳元で囁いた。

「あさってから3日間、出張が入ったんだ」
「どうして? あさっての午後は、チャペルの見学会じゃないの?」
「・・・・・・そうだった」
私は、イーサンを自分の体から引き離して言った。

「私と結婚するのが、怖くなったの?」
イーサンの厚い胸板をそっと指で撫でる。

「そうじゃないんだ。急に決まったことで、それは僕じゃないとどうしてもダメなことだったんだ。・・・・・・すまない」
イーサンは、そう言って目を閉じた。
「そんなに大変なお仕事なの? 交通局の勤務ってそんなに忙しいの?」

私は、前から少し変だと思っていた。
イーサンと出会ったのは3か月前。
彼はその時、腕に深い傷を負っていて、私の勤める病院へ駈け込んで来たのだった。

交通制御装置の修理中に誤って、装置で腕を切ってしまったと言った。
でも、あの傷は明らかに、鋭いナイフによるもので、しかもイーサンの体中にいくつもの古い傷跡が残されていた。

この人は、私に嘘をついている。
そう思った。

だけど、とても優しくて、誠実なイーサンを私は愛した。
そして、イーサンも私を愛してくれた。
そこには、なんの偽りもないように思えた。

でも、イーサンと暮らすようになって、彼の行動がどうも普通じゃないことに気付いた。

たとえば、夜中にうなされていたかと思うと、急に飛び起きて、部屋の中を歩き回ったり、パーティの最中に氷を買ってくると言って、1時間も帰ってこなかったり。

彼は、いったい何者なのだろう?

ある日、こんなこともあった。
聞いたこともないような旅行代理店から電話があって、新婚旅行の案内かなにかだろうと思って、イーサンに変わると、すごく悲しげな表情になった。
まるで、とても親しい人が急に亡くなった時のような・・・・・・。

彼は、私になにか大切なことを隠している。
そう思えてならない。

今も、急に出張が決まったと言う。
チャペルの見学会は、もう半月も前から予約してたことで、イーサンだって、とても楽しみにしてたはず。
なのに、よりによって、あさって?

「ごめん」
イーサンが、私の髪を撫でながら静かに言った。
「・・・・・・イーサン、なにか困っていることがあったら、言ってちょうだい。私たち、夫婦になるんだから。・・・・・・私、隠しごとはイヤよ。あなたがどんな秘密を持っていようと、私はそれを知っておきたいの。あなたの全部を知っておきたいのよ」

「・・・・・・そうだね。だけど・・・・・・今はなにも言えないんだ。わかってほしい。・・・・・・そして、僕を信じてほしいんだ。・・・・・・信じてほしいんだ」
イーサンは苦しんでいる。
それが私には痛いほどわかった。
誰にだって、秘密はある。
それでも、お互いを信じて生きていかなくてはいけない。

私にも、イーサンには言えない秘密がある。
だけど、イーサンに比べたら、それはとても些細な秘密かもしれない。
もう、このことには触れないでおこう。

「・・・・・・イーサン、信じるわ」
「ありがとう」

私たちはそれから、お互いの体を確かめるように愛撫した。
そして、そのままベッドへ行き、何度も何度も愛し合った。
「イーサン・・・・・・」
「なんだい?」
私は、シーツを体に巻きつけて立ちあがると、ブラインドの外が白みかけていることを確かめた。

「もうすぐ夜明けよ。今日、どうする?」

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[ヘンリー・スレッサー最後の冒険]

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