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雪がちらつきはじめた１２月の終わり、隼人の運転する車に、薫が突然ふらりと飛び込んできたのだ。

隼人は、急ブレーキを踏んだが、間に合わず、薫を撥ねてしまった。
すぐに救急車を呼んで、薫は病院に運ばれていったため、命に別条はなかった。

しかし、事故のショックで、薫の記憶が失われてしまったのだ。
コートの裏に、『薫』という刺繍がされていたため、彼女の名を薫と呼んでいたが、実際それが、彼女の本当の名前なのかはわからなかった。

隼人は、責任感の強い男だった。
彼女の記憶を取り戻そうと、隼人は薫に献身的に尽くした。

そんな隼人を薫は徐々に愛するようになっていった。
隼人も、美しい薫を愛してしまった。

だが、二人の愛は叶わぬものだった。
隼人には、婚約者がいたのだ。

隼人の会社社長の娘、真弓だった。
病気がちで心臓の弱い社長は、マジメな隼人をとても気に入っていて、娘と結婚させ、ゆくゆくは自分の会社を任せてもいいと思っていたのだ。

隼人と真弓の結婚の日取りも決まっていて、春には挙式という段取りになっていた。

隼人は悩んだ。
自分の気持ちに正直になって、薫への愛を貫けば、体の弱い社長の心労が祟ってしまうだけではなく、自分への信頼をも裏切ることになってしまうからだ。

「隼人さん、私のためにいつもありがとう。私は記憶喪失だから、私が誰なのか、わからない。だけど、たったひとつだけはっきりしていることがあるの。・・・・・・あなたを愛しているってこと」
薫は、ついに隼人へ告白した。
薫には、俺が必要なんだ・・・・・・。
隼人は、その時、全てを捨て、薫と生きていこうと思った。

隼人の裏切りを知り、激怒した社長は、苦しそうに心臓を押さえると、その場に倒れてしまった。
真弓は、父を裏切り、自分を捨てた隼人を恨んだ。

そんな真弓の相談相手だったのは、幼馴染の健太だった。
真弓とは対照的に貧乏な健太は、いつか演劇の世界で有名になるという夢を捨て切れずにいた。

健太は、真弓にいつも優しかった。
どんなに真弓が健太のことをバカにしても、彼はそれを笑顔で受け止めた。

「真弓、そんな男のことなんか忘れてさ・・・・・・。あ、そうだ！　２ヶ月後、オイラの初主演の舞台があるだよ！　小さな舞台だけど、是非とも真弓に観に来てほしいんだ！」
そう言って、健太は真弓に演劇のチケットを渡した。

それから、数週間後のことだった。
演劇を練習中の健太は、めまいがして倒れたのだ。
精密検査の結果、急性骨髄性白血病だと診断された。
医師の話では、もってあと１カ月とのことだった。

助かる道はただひとつ。
ドナーによる骨髄液の提供だった。

真弓が、健太の病室へ見舞に行くと、元気そうに振舞う健太が笑いながら真弓を迎えてくれた。
「あはは、まいっちゃったよ。どうやら、舞台には上がれそうにないや」
「何言ってるのよ！　私が必ずドナーを見つけてきてあげる！　だから諦めないで！　生きて！　お願いだから！」

真弓は、父親の私財をつぎ込んで、健太のドナー適合者を探しだした。 そして、ついに、ドナーが見つかった。
しかし、それは思いもよらない人物だった。

元婚約者の隼人が愛した女、薫だったのだ。
真弓は、プライドが高い女だったので、自分の男を奪った女のところへお願いに行くことなんて考えられなかったが、健太のために、幸せそうに暮らしているであろう隼人と薫のもとを訪ねて行った。

ベルを押すと、ドアの向こうから、見知らぬ男が出てきた。
「あの、こちら田中隼人さんのお宅じゃ・・・・・」

「田中？・・・・・・ああ、前の住人さんね。あの人なら、亡くなったって話だよ。なんでも、整備作業中の事故だったらしいけど。俺も、ここ借りる時、大家さんから聞いたんだよ」

「え？　死んだんですか？」